クラス-リアル

■アヴァロン Avalon■

僕は押井守監督の実写作品についてはあまり熱心な観客ではなかったので,キネ旬の特集を目にするまで「Avalon」のことも知らなかった。そうか監督はこういう映画を作っていたのか,と結果的にはあまり前情報を仕入れずに見に行ったのだが,もうあのクレジットの音楽のスケール感だけで「おおー」と感激してしまった。

押井監督に彼の構想を支えるに足る物量(予算)があればなあ,とは常々感じていたことだが,この映画はそうした思いが実現した未来をかいま見させてくれた実にうれしい一本であった。

それでも製作費6億円だから今どきのハリウッド映画がいかに非常識な製作コストか知れようというものだ。製作費1億ドル(2002年1月のレートで130億円!)なんてザラだもんなあ。インフレにもほどがあるよ。

それはともかく,現実と非現実の狭間でゆらぎ,葛藤し,翻弄され,そして戦う主人公というのはまさに押井監督の世界ではあるのだが,別にそんな事情を知らなくてもみっちりと楽しめるのがうれしい。宣伝文句でうたわれている"スタイリッシュ"という形容は確かにベストな賛辞だと思う。

Avalonのゲーム世界,ヒロインの日常世界,そして幻のフィールド"Class Real"のそれぞれで"色"という要素がきわめて印象的で,それが世界の有りようを暗示しているかのようにも見える。実に念入りに色調をコントロールされた映像がすばらしいが,作る方は地獄だったろう。

パートカラーにこだわりがあるという押井監督らしく,Class Realはそれ以前のセピア風の世界ではなくフルカラーの世界になっている。この鮮やかな転換がまた印象的なのだが,その自然で豊かな色彩こそ登場人物たちにとっては「これこそ真の世界」という誘惑……あるいは罠,になっているのかもしれない。

DVDではチャプター14の82分27秒あたりでフルカラーの街の景色になる。コカコーラの赤とニベアの青に始まって陽光と色彩あふれる街並みが描かれる。よく見るとその直前,アッシュがガチャリとドアを開けたところで彼女のアップにはもう美しい肌色がのっている。

かつて「オズの魔法使」ではドロシーの住む世界はモノクロで,オズの世界にやってくると美しいカラーに切り替わるという仕掛けだった。世界の"質"の違いを色で描くというのは由緒ある手法なのかもしれない。

この映画は川井憲次氏の音楽がまたすばらしくてサントラは必携だ。エンドロールを積極的に聴きにいく映画というのは久しぶりである。大音響が出せないマンション住まいがうらめしくなるのはこういう曲に出会ったときだ。

これを一度しか見ないというのはあまりにもったいない。入り込むたびに新たな発見があるダンジョンのような映画であり,これこそDVDで何度でも堪能したい作品ではないか。

アヴァロン Avalon BCBJ-0867
発売元(株)バンダイビジュアル