ワルキューレの騎行

■地獄の黙示録■

あらためてフランシス・F・コッポラ監督の「地獄の黙示録」を見て少し呆然としている。ジャケットにはアカデミーの撮影賞,音響賞受賞とあるのだが,作品賞,監督賞をとっていても不思議ではない異様な力作だ。コッポラ監督はこれで燃え尽きちゃったのでは?と思わせるほどのインパクトである。

戦場の恐ろしさをリアルに描いた作品は他にもあろうが,この作品では迫力やリアリティだけではなく,恐怖を通り越した幻想的なビジョンまでが現出している。何がどうなったのかよーわからんという場面もあって(特に終盤)後々まで気になってしまう映画である。実は非常に観念的な映画なのだと思う。

それにしても「地獄の黙示録」とはよくぞ名付けたり,というタイトルである。劇中,主人公たちがボートで川を上っていくシーンが延々と続くが,見ているうちに実はこれが地獄めぐりそのものの風景であることに気がついて慄然とする。ベトナムのどこかの戦場という以前に,この世ならぬ地獄界になかばすべり落ちてしまっているのである。

途中で夜間戦闘中の地点に遭遇するくだりがあるが,この場面などまさにそうだ。一見夢を見ているような美しさと脱出不能の無限地獄が渾然となっている。あそこに落ち込んだ者たちは未来永劫あの世界から抜け出すことはできないのだ……。

さて「地獄の黙示録」といえば,ワーグナーの「ワルキューレの騎行」が流れるシーンがたいへん有名だ。公開当時から予告編その他でさんざん流れていたし,これ以後テレビ番組などでも何かというとこの曲が使われるようになった。元々有名な曲ではあるが,この映画によって人々は2度目の発見をしたのかもしれない。

ともあれ,攻撃ヘリの部隊がベトコンの村を襲撃するこの場面は映画史に残るワンシーンではないだろうか。その少し前,ヘリ部隊発進のシーンから見ているとヘリコプターが禍々しい生き物のように見える。死と破壊をふりまく怪鳥である。

物量も凄い。今ならCGで作ってしまうだろう部分も実機でやってしまっている(でしょ?)ので,制作資金の担当者はさぞや胃が痛む日々だったろう。

最新版ではないが,僕の手持ちのLDではちょうどその部分にチャプターがふってある。サイド1のチャプター10だ。ワイドスクリーンの幅いっぱい,海からやってくるヘリ部隊はまさに無慈悲な死の使いである。撮影も凄いし,画面のインパクトもたいへんなものだが,これをカッコいいと言ってはいけない。やはり禍々しいと感じてほしいと思う。

戦争の恐怖,不条理,悪夢,狂気,そして地獄。救いのない世界を焼き尽くすエンディングの爆発と炎の繰り返しが忘れがたい。

地獄の黙示録 PILF-1573
発売元(株)パイオニアLDC