育児ロボットの涙

■火の鳥2772/愛のコスモゾーン■

手塚治虫の「火の鳥」といえば氏のライフワークであり,ベストセラーでもある。何度も映像化されたので見た覚えのある人も少なくないだろう。OVA版が意外と健闘していた記憶があるが,DVD時代になったことだしまたあらためてリリースしてほしいものだ。

「火の鳥2772/愛のコスモゾーン」はオリジナルストーリーによる劇場用長編アニメだ。制作時はかなり話題になったものだが,残念ながら今ではアニメ史の中に埋もれてしまっている。客観的に見ればいろいろ瑕疵はあるものの,意欲的な試みがあちこちに見られる力作であり,このまま忘れ去られるのはあまりに惜しい。

実際,キャラクターごとの作画監督制,アニメ版「指輪物語」で話題になったロト・スコープなど最新技術の導入,冒頭の都市の大俯瞰など見所の多い作品なのだ。それらがトータルでかみ合っていたか否かという点で評が割れるかもしれないが,僕は忘れたくない。

さてこの物語の中で最も印象的なキャラクターはというと主人公ゴドーではなく,彼を育てた女性型育児ロボットのオルガである。

彼女はただの育児ロボットではない。アニメーションの魅力はメタモルフォーゼだと言っていた手塚さんらしく,ジェットやバイクにも変身するし,車を持ち上げたまま走れるパワーもある。ちょっとしたスーパーロボットなのだ。

その彼女が「泣く」シーンが出てくる。

高性能とはいえメカに過ぎない彼女には泣く機能はない。その彼女がどうやって涙を流すのか,その演出が実に上手いのだ。ネタバレは避けたいので未見の方にはレンタルビデオでも探していただきたいが,とにかくロボットの涙を表現したシーンとしてこれほど「上手いなあ」と感心させられたのは初めてである。

正直言って映画全体の印象はそれほど強く残っていないのだが,このシーンだけは作品を象徴するイメージとして忘れられない。

僕の持っている古いLDではサイド1の24分22秒といったところか。残念ながらビデオ化に当たって大幅にカットされたため,物語はひどくギクシャクしてうまくつながってない部分もあちこちにある。何しろ122分を94分に縮めてあるのだ。いつの日か全長版が出ることを祈りたいものである。

ところでこの作品,実は音楽が素晴らしいのだ。樋口康雄氏のスコアは雄大でドラマティック,かつ繊細で美しい。しかも美少女バイオリニスト時代の千住真理子の演奏をフューチャーした値打ちものだ。CD化されたかどうかは知らないが,サントラLPは今も大切にしている。僕がCDレコーダーを買った動機のひとつはこのLPのCD化にあったのだ。

火の鳥2772/愛のコスモゾーン TLL 2019
発売元(株)東宝/ビデオ事業室