病気のあとで(後編)


「ボクは8人兄弟の長男でね」「へえ・・8人。楽しそう!」「妹が2人であとは弟。一番下はまだ小学生なんだ、かわいいよ」
それは、さっきのカフェでの話。私は、彼が大勢の家族と暮らしているんだ、と思いこんだのです。
しかし、大勢どころか弟くんだけ。予想外の展開にボー然とするばかりです。

「さあ、こっちこっち。ビール飲もうよ」
と彼、ハマディはうれしそう。早速音楽をかけ、ブレイクダンスやアラビックダンスを踊ってくれました。
「あれは?」
「バリ島のお面だよ。お客さんに貰ったんだ。・・ボクも外国に行ってみたいなあ・・」
気がつくと彼は、ビールのせいか赤くなっています。そして、だんだん体をくっつけ始めました。
「今日は初めて日本人と話せて、とってもうれしい日だ。ボクはキミが好きになったよ。またこの町に来て・・ネッ。・・今日もここに泊まったらいいのに・・」
こっちの男性は、宗教上問題のない外国人で、独身女性と見ると、こうやって十中八九誘ってくるのです。
私は、今日はチュニスに用事あるから、と言い、ハマメットはとても気に入ったから、いつか“ハズバンド”と一緒に来るわ、と付け加えました。
しかし、当のハマディはちっとも気にしてない様子。今度は静かな音楽をかけて「ねえねえ一緒に踊ろうよ・・」とすり寄ってくるし・・。私は徐々に離れながら言いました。
「そろそろ列車の時間だから、道を教えてくれる?」
でも、
「裏道を通れば3分だから・・まだゆっくりしてて」
とハマディ。そんなやりとりを何度か繰り返して、本当に3分前、彼はやっと裏に案内してくれました。
が・・そこには信じられない風景が・・またまたア然!です。なぜなら、そこには道はなく、見渡す限り、たくさんの砂の山だったのですから。
砂山の向こうに列車が見えた時、頭に血が上りました。砂に足をとられ、もがきながら、間に合わなかったら?のことが頭をよぎります。次の列車まで約1時間半、このままふたり?いや・・それは困る!!“絶対”乗らなければ・・絶対に・・。
そうして、いつの間にか、ハマディの後ろにいたはず私は、彼より先に砂山を抜けていたのです。
ハアハアゼイゼイの私に、キップ売場のおじさんは、
「ちょっと早く着いたからねエ、ちゃんと間に合うよ」と。
「ありがとう!ハマディ、じゃあ」「じゃあ、グットラック!」
私は車両に飛び込み、そして発車の合図。『よかった・・間に合った!』極度の緊張から解放された瞬間でした。

それからの私は、ドアに突っ立ったまま、「一体何やってんだ!」と、自分のことを呆れていました。また同時に、あの砂山を“生きるか死ぬか”のごとく、髪を振り乱して、砂をかき分けた自分が、おかしくてたまらなくなりました。大体、のこのこ家にまで連いて行って、彼が悪いヤツだったら、どうなってたでしょう。ましてやその状況でビールを飲んでるなんて・・スキだらけ!・・ハマディが悪い人でなくてヨカッタ・・本当に。
しばらくして、空いた席に座ると、5、6歳の女の子が、座席に訪れるようになりました。やがて、彼女は私に話しかけ、私の膝の上に座りに来るようになりました。何度も行ったり来たりする彼女を、その子のお母さんが「すいませんねえ」という笑顔を見せ、その周りの家族連れも、私たちの様子を見て笑顔になりました。

思えば、この国で病気以来、旅を続ける自信を失い、誰とも関わりをもたないように過ごしてきたのです。なんてもったいないことをしてきたのでしょう・・・。どこにいても病気ぐらいするのに・・ですよね。
このハプニングだらけの2日間は、私を、知らず知らずのうちに一生懸命に歩かせてくれました。私はそんな自分に快さを感じ、今までの迷いを捨てることができたのです。
アナウンスは、まもなくチュニス駅に到着することを告げました。女の子はまた私のところに来、今度は私の頬に自分の頬を2回寄せました。久しぶりの“アラブ式の挨拶”です。こんなあったかい出逢いを忘れていたのですね。不思議なくらい心が晴れていました。先のことを不安に思ってもキリがないのです。私はまた旅を続けてみようと思いました。

駅から安宿に戻ると、顔なじみのおやじがにこやかに迎えてくれました。
「どうだったかいハマメットは?!いいとこだったろ?」

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