宿探しは出逢いの始まり


 夜行列車が、モンゴルの首都ウランバートルに到着したのは、早朝6時のこと。仲良くなったモンゴル人の家族と共に降りたのですが、駅前広場ではぐれてしまいました。
 持ち運べないほど沢山の大きな荷物と、それを出迎える大勢の人々・・。そこだけの大混乱と反対に、まわりのなんにもない様子に呆然としていました。
 『まいったなあ・・』それが始まり・・です。

 いつの間にか広場は閑散となり始めました。仕方なしに歩くとバスの発着場所があったのですが、肝心のお金は両替できないままなのです。そして10月になった今、この国には冬がきていました。
バス発着所を通り過ぎると、前に20歳前後の女の子が歩いてくるのが見えました。英語が通じてほしい・・と願いながら、私は勇気を出して声をかけたのです。
「すみません。このゾチッドボーダル(宿)知ってますか?」
すると、彼女から「ミャー、ミャー」という泣き声。彼女は笑いながら、上着のそでから取り出しました。
「うわー、かわいい!」
手のひらにのるぐらい小さなネコです。彼女は
「寒いからね、ここに入れてるとあったかいのよ」
と言うように、照れ笑いを見せました。
「ここなんだけど、知ってる?」
「う〜ん、多分。でも歩いては遠いからタクシーで行った方がいいわ。私が一緒に乗ってあげるから・・」
「ホント! でも仕事に行くんでしょう?」
「まだ少しなら大丈夫!」
英語は通じませんでしたが、気持ちは伝わったようです。

 私たちを乗せたタクシーは、団地が立ち並ぶ一角で止まりました。でもそれは、どう見ても“ホテル”には思えない建物です。
「ここ?」
「うん。タクシーのおじさんはそう言ってるんだけど」
建物の出入口らしいドアは、かたく閉まっています。私たちがそのドアを何度も何度も叩いて呼びかけると、やっと奥から人の声。でもドアは開きません。
「ここは****ホテルですか?」
多分彼女はそう聞いてくれたのでしょう。ドアごしに「***」という返事。
「ここみたいよ。でもまだ時間が早すぎるって」と彼女。
とりあえず待つしかないようです。
「ありがとう。本当にありがとう。さあ仕事遅れたら大変だから・・」
彼女は走っていきました。小ネコと一緒に。

 私は、ドアの前に座り込みました。でも寒くてとてもじっとしてられません。時々人の声が聞こえるのに・・ドアはやっぱりかたく閉ざされたままです。
『ここは本当に宿なのかなあ・・。』そう思い始めました。
 するとドアの横にある鉄格子の窓が、2センチ位だけ開き、私に何か言ってます。もちろん言葉はわかりませんが、ここでずっと待ってることを知って貰うチャンスです。
「ドア開けて下さい!、私は旅行者なんです」
でも2センチ開いただけの窓ごしですから、相手の顔が見えるわけでなく、どうにもならず・・お手上げ。
 しばらくの後、ドアがギギッーと開きました。開けてくれた男性は「ここで待って」と私に言い、奥から中年の女性を呼んできました。でもその女性は、ボサボサ頭のまま、眠そうで不機嫌な目で、“ダメダメ、ないない”と手を大げさに振ると、さっさと奥に戻ってしまったのです。男性の「ごめんね」という顔だけが、唯一の温かみでした。

 さあ、どうしよう・・。
 車に乗ったので、さっきの場所にも戻れません。
 それでも適当に歩くと、たんだん通行人が増えてきて、通勤時間になったことに気がつきました。今度はキャリアウーマン風の女性に声をかけてみました。しかし、その人は立ち止まってもくれなかったのです。・・あの時はショックだったですねえ・・。
 朝ですから、探す時間は沢山あるし、焦る必要はないのです。でも、まっすぐで広い道路に車はほとんど通らないし、レストランやお店の看板もない、見えるのは灰色の団地と、原っぱ。歩いても歩いても何もない、ない、ない・・!。
 そんな途方に暮れているその時、ちょっとした視線?を感じたのです。
「・・あの・・・日本人ですか?」
耳に入ってきた言葉は、信じられないことにニホン語!。
「はい・・あの・・あなたは日本語を話せるのですか?」
「私は大学で日本語を勉強しています。・・ところで何か困っているのですか?」
  彼女の名前はアルター、またステキな出逢いが始まったようです。  

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