心ゆたかな国 ミャンマー(6)〜ケンゾーさん〜


 インリー湖観光を終えて、ホテルへと戻ろうと歩いていたとき、旅行会社を見つけました。長距離バスの時間を訊ねようと思い入ってみたのです。対応してくれたのは、人の良さそうな青年。
「ボクの名前“ケンゾー”って言うんだ」
「まあ・・ホント?」
「日本人の名前でしょ。結構気に入ってるんだよ」と彼はニコニコ。思わず笑ってしまいました。そんな中、首長族のことを聞いてみたのです。
 「さっきね、湖の近くで首長族に会ったのよ」
「え!?このインリーで?・・」
ケンゾーさんは聞いたことない、と。
「船着き場のちょっと奥よ。案内した男性が“本物だよ”って、得意げに言ってた。“最近”タイから2組の夫婦を連れてきたって」
「入場料、とられたんじゃない?」
「うん、3ドル」
ケンゾーさんは、いくつか私に質問すると
「そんなの・・・まるで、“動物園”じゃないか!残念だけど、そんなドル稼ぎをする人間がふえているんだ」と。そして、噛み締めるように言いました。
「そんなところに行っちゃいけない。行く人がいれば、ますます彼らは金儲けに走るから・・」

 金儲けのためだけに彼らは、住み慣れた村から連れてこられたのかと思うと、悲しい気がします。帰国後、気になった私は、少し調べてみました。
 首長族と言えば、タイ。私もそう思っていたのですが、実はミャンマー領土とタイ国境に住む民族。ミャンマー側は戦火を受けるために、今現在、数名の老人だけしか残っていないと。タイの首長族村は、「ミャンマーからの戦争難民の村」であるのだと。
 それなら、インリーに避難した首長族もいるのではないかと、片っ端から本をめくると、ひとつ見つけました。入場料とかそんな見せ物的でない、静かに暮らす首長族の母娘の話。
 随分前の話のようでしたが、インリーにはそんな人たちがいたのですね。
 その背景にある、政情不安、密貿易のためのドル稼ぎ。深い信仰心と親切で優しい人々・・。でも、どれもミャンマーなのですね。あの少女達が幸せであって欲しいな、とつくづく思う私でした。

 「ボク、キミにオススメがあるんだ」
とケンゾーさん。それはまず、近郊の村ピンダヤで、珍しい洞窟寺院を見学する。そして、50キロほど行ったカローの町に泊まり、翌朝、トレッキングして少数民族に会いに行く、というコース。マンダレーやバガンのような、誰もが訪れる有名観光地もすばらしいけど、小さな町や田舎もいいんだよ、と彼は力説。車1台チャーターして、通りがかりの市場や自然を好きなだけ見て、しめて20ドル! 彼の力説を聞くうちに、私の心は傾いていきました。
 翌朝、ホテルに車がお迎え。すると、ドライバーの横に、ケンゾーさんも!乗り込んでいる・・。どうみても、“見送り”とは違うイデタチ。そう、彼はロンジー(着用率100%のミャンマースタイル)でなく、Gパンという旅姿。疑問に思って聞くと、
「いやー、ぼくも久しぶりにピンダヤとカローに行きたくなってね・・」
と。『・・!』
 とにもかくにも、車は私たち3人を乗せて、いざ発車です。

ピンダヤは小さな湖の湖畔にある小さい村。洞窟寺院はその村を見下ろせる山腹にありました。
 「この寺院にはね、いわれがあるんだよ」
湖で水浴びをした7人の王女たちが、道に迷い、洞窟で夜が明けるのを待っていた。そこに巨大蜘蛛が現れて、洞窟から出られなくなってしまう。そこに、王子が通りがかり、巨大蜘蛛をやっつける。そして、王子は、一番若く美しい王女と結婚!。そんなラブストリーを彼は目を輝かせて話してくれました。
 長い階段を上りると、洞窟の入り口です。まずは黄金のパゴタ。ケンゾーさんは、さっと帽子をとり、跪きました。そして、頭を地面につけ、・・、まるで自分だけの世界に入っていくように・・厳粛な祈りを始めました。

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