心ゆたかな国 ミャンマー(3)〜“ニニ”家の人々〜


 「ミツコさん・・あのワタシ、あなたがここに泊まってくれてうれしいんです。でも・・ちょっと心配が・・」
と言うのはソーサンダリン。
「なに?」
「実は、家のシャワー、“みず”なんです!」と。
「なーんだ、そんなことぉ!大丈夫よ!」
私は笑いだしました。
「インドや北アフリカの国々もそうだったし、平気平気!」
「ほんとですかー? 私も帰ってきたすぐは、ひえーと思いました。覚悟がいりますよぉ」
彼女の声は、今度は、少し笑ってました。

 大皿がいくつも運ばれてきました。チャーハンに焼きビーフン、野菜イタメやスープ・・。あまりに大勢の家族は、自然にグループに分かれて、好きな場所で、晩餐が始まりました。
一体何人住んでいるのでしょ・・と聞くと、
「そーだなー。20人ぐらいかなー。いやもっといるかも、わからんなあー! わっはっはっ」
そう答えてくれたのはお爺さん。そして、
「いやあ・・ワシもねー日本に行ったことあるんだよ。昔、家電の会社に勤めていてね、研修で1ヶ月間、ヒタチやサンヨーなんかを視察したんだ。日本はキレイでいいところだねー」と。
 ソーサンダリンが、ニニのお姉さんの娘であると分かりました。そして、彼女のご主人は、日本に留学生としてやってきたミャンマーのひと。
 ちょっとほっとしてました。
 なぜなら・・彼女の目が、寂しげで、何かワケがありそうに思えたから・・。そう、それには理由があったのです。

 彼は大学を卒業後、惚れ込んだラーメン屋さんに就職。そして独立して店を始めた。ふたりが結婚したのは2年前。彼女は、店を手伝いながら、日本での生活を頑張った。そんな中、妊娠がわかってのUターン。
「最初・・日本語、全くワカラナイから苦労しました。でも、日本人はみんな親切で、友達もできたし楽しかったです。でも・・」
こうして国に帰ってきてみると、もう日本に戻りたくなくなってしまったのだと。
ーじゃあ・・彼がこっちに?
ーううん・・彼はお店があるから・・
ーどうするの?
ー私にもわかりません・・。でもさみしいです。毎晩国際電話してます。私の時計は今も日本の時間のままなんです・・と。

「ところで、ミツコはどこに行きたい?」
夕食がすむと、ニニが聞きました。
「まず、インレー湖に行こうと思ってるの。それからは、決めてないけど、マンダレーかなぁー」
「そう・・」
ニニはなぜか・・考え込んでいる様子。そして
「よーしわかった!私が一緒に行ってあげる!」と。
「えっ!」
「だって、アナタ、言葉も通じないのに・・心配だわ。私がいればどこでも行けるでしょ」
 私の脳裏に、以前、インターネットで知り合った女性の体験談がよぎりました。
 彼女が、友達であるミャンマー人の里帰りに同行し、ヤンゴンに住む家族の家に泊めてもらった話。みんなから歓待してもらってのはよかったけれど、困ったことがひとつ。どこへ行くにも、家族8人と使用人5人がゾロゾロついてきちゃう。しかも、明るいならいいが、厳格な家だったのか終始無言ぎみ。市内だけでなく、飛行機に乗ってのマンダレーまでも全員ついてきて・・。とにかく、気持ちは有り難いけど・・キュークツで大変だったと。
なんだか、笑っちゃいました。本人は大変だったのでしょうが・・。でも今回私は、苦労してもひとりで頑張ってみたいの、とちゃんと説明することにしました。みんな優しいんですよね。

翌日、ニニのお母さんの法事が行われました。みんな“ここゾ”というカラフルな格好。オシャレなんです。それに、終始リラックスムード。こうした場面が、自然であり、日常なんですね。きっと。
午後、長距離バスターミナルにやって来ました。心配そうなソーサンダリンたちに見送られて、バスはインリーに向けて、いざ出発です!

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