自称ガイドとあやしいじゅうたん屋(前編)


「ボクのファーザーがじゅうたん屋をやってるんだ。覗いてみないか?」
ここは、モロッコのタンジェという港町。迷路のようなメディナ(旧市街)の食堂にいた時のことです。
「見てもいいけど買わないよ」
「シルクのきれいなじゅうたん、とっても安いよ!」と再度誘う店のおじさん。
「要らない。これから旅長いし、荷物になるし」
「日本に送ることできるよ」
「いや興味ないから・・やっぱり行かないよ」
「わかった、わかった。見るだけ見るだけ。ファーザーはやさしい人だから、買わなくても大丈夫。」
 有名なモロッコじゅうたんは“見てみたい”のがホンネ。私は“買わなくてもいい”ことを前提に、行くことにしました。

 「彼がさっき話した“ファーザー”だよ」
紹介されたじゅうたん屋は、どうみても40代後半?。おじさんとは同世代にしか見えません。またおかしなことに、その店に一歩足を踏み入れると、おじさんの姿はなくなっていたのです。
 じゅうたん屋のおやじは、にっこりと「ウェルカム!モロッコ」と言うと、私を3階に案内しました。
 「トーキョー、オーサカ、オカヤマ、イッタ。こんにちわ、さよなら・・」
とおやじは知ってる限りの日本語を並べると、自分は日本も日本人も大好きなんだと話し始めました。そのうち、砂糖たっぷりの熱いミントティーが運ばれてきて、おやじはじゅうたんの話にふれることなく、ゆったりとにこやかに雑談を続けるのです。

 「今日は金曜日だから、イスラムの休息日なんだよ。でもこの商売は休みなしでね。大変だよ」
「ふーん、そう」
「そうそう金曜日は、家族でクスクスを食べるんだ。そうだ、今日君を我が家のクスクスに招待するよ」
クスクスはこの国を代表する家庭料理です。食堂で食べことはできるけど“家庭の味”は格別!と聞いていただけに、興味がわきました。しかし、そのあと、意外な事実が判明。彼は“おやじ”ではなく、なんと33歳の独身男!これはやめといた方がよさそうです。丁度その時、店員とヨーロッパ系の夫婦が上がってきて、話はひとまず中断となりました。

 「じゃあ、2階でじゅうたん見てみるかい?」
「ホントに見るだけOK?」
私はしつこく確認。
「もちろんだよ」
とおやじ。2階に降りて、おやじは私を、若い男の店員のところへ連れていき、一言二言アラブ語で何か言うと、その場を離れて行きました。
 それにしてもアイソのない店員です。
「これはどうだ!これはどうか?・・いいか、悪いか!どっちか!」
といきなり始めたのですから。山積みのじゅうたんの端っこから次々と持ち上げて。それに買うものだと思いこんでいるようです。“見るだけ”を約束した当のおやじはいないし、しかもこの男には英語が通じません。これ買うか!それを買うか!とものすごい剣幕と執拗さ。しまいには声を荒げて“何か選べ”と強制です。まいった・・「買う」と言うまで、これが続くわけ?・・。ミントティーと雑談は、客の心を和ませる・・策略?なわけ・・。

 その時、あのおやじが3階から降りてきました。
「ねえ、見るだけでいいって言ったでしょ! 私はじゅうたんいらないの!」
私は走り寄って言いました。  するとおやじは、にこやかな顔で私の話を聞き、その担当の男には目配せし、また“上でミントティを”と誘いました。
「ミントティも要らない。もう帰るから」
「まあまあ・・ちょっと一服ね、一服しましょ」
と背中を押され3階へ。一度店に入ったら最後、買うまで帰れないんだ!ゲーどうしょう・・。断固強行して階段を降りて店を出ようか?・・でも階段は人ひとりしか通れないほど狭く急で、店員の数は多いし、何事もなく出ることは難しく思えました。でもそれは最後の手段です。他に何か方法は?・・冷静にならなければ・・私は大きく深呼吸をしました。 (つづく)

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