物乞いたちの笑顔を見た日


 ケーコさんと逢ったのは、モロッコのマラケシュに向かう中距離バスの中でした。そして、彼女と一緒に歩いた3日間は、いつもと違う場面に遭遇しました。その中のひとつ、ケーコさんと物乞いの話をしましょう。

 ケーコさんへの最初の驚きは、バスが休憩所を出発しようとしたときのこと。私を含め、ほとんどの乗客が乗り込んだあと、ケーコさんはちょっと遅れて、バスへ向かって歩いていました。私は何気なくバスの窓から外を眺めていたのです。

   ひとりの男の子がササァーと彼女へ走り寄り、手を差し伸べてきました。その光景は、この国で何も珍しいことではなく、日常茶飯事のことです。「何かくれ」と言う子がいれば、ピーナッツやウチワを持って「買ってよ」と押しつけてくる子もいます。その男の子も“彼女だけに”そうしたわけでなく、他の乗客たちにも、同じように手を差し出したのです。そして誰もが、その“よくある光景”に、足を止めることなく、「ないよ」と手を振って、バスに乗り込んだのですから。
しかし、ケーコさんは立ち止まってしまったのです。そしてタスキにかけたバッグの中に手を入れて、ゴソゴソ探し始めました。“何かあげよう”と思ったのでしょう。
『そんなとこで・・そんなことしちゃいけない・・』私はハラハラしました。探してる間に、仲間に取り囲まれて・・身動きとれなくなって・・バックをひったくられるのではないか・・と心配したのです。案の定、何かもらえる様子を見ると、向こうから他の男の子たちが、2人3人と次々に寄ってきて、彼女の周りを囲みました。
彼女が取り出したのは、いくつかのお菓子。それを手渡すと、「これでおしまい!」と言うように手を上げました。すると・・彼らは、笑顔でお礼を言ったのです。それ以上を欲しがることもなく・・。そしてバイバイと手を振りあい、彼女はゆうゆうとバスに乗り込んできました。

 そんな彼女と話ができたのは、マラケシュに到着して、バスを降りたあとのことです。
彼女は、1年のイギリス留学を終え、日本に帰る前にヨーロッパを旅行してること、スペインに来たついでに3日間だけモロッコにと思って、今朝飛行機で到着したばかり、と私に話しました。とすると・・あの余裕は一体どっからきてるのでしょう?・・私はますます不思議になりました。

 町中の物乞いたちは、道路のすみや食堂のごみ置き場、いろんなところにじっーと座っていました。来る日も来る日も・・ケーコさんは事あるごとにそんな彼らに接するのです。
ケーコさんのバッグの中には、機内でもらったアメやチョコ、ジャムやピーナッツバター、食べ飽きたクッキーや食べ残したパンなどがいつも入っていました。
「お金はあげちゃいけないと思うの・・でもこれならいいんじゃないかと思って・・」 と。
私は、彼女のそれまでの行動が余裕からでなく、やさしい心からきていたことを知りました。

 今までの私は、彼らが目に入ることはあっても、自分から目を合わせることはなかったのです。それは、インドやベトナムを旅した時に、不自由な自分の体を見せ物に乞う姿に、またあまりのしつこさに辟易し、物乞いの存在を「こんなもんだ」と自分の心の中で決めつけていたのでしょう。それぞれの国の事情があること忘れて・・あえて見ないようにしてきたような気がします。
確かに“安易に”物をあげることは、いいとは言えないでしょう。私はただその“良し悪し”より、“彼らと同じ目の高さ”で接するケーコさんの偏見のなさに感心したのです。
そして何より驚いたことは・・、そのケーコさんが接した物乞いたちに、みるみる表情が戻り、動くことを忘れたような身体に、人間らしい動きが戻ること。ちゃんと「ショクラン(ありがとう)」と口にし、頭を深く下げ、そのたったひとつのものに感謝し、それ以上を乞わないこと・・。

  旅の出逢いは不思議ですね。ケーコさんと一緒に歩かなければ、私は彼らの笑顔を見ることはなかったでしょう。私の中でまたひとつ“こだわり”が消えていくのを感じました。

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