Dream train -- side A

あの槍のおかげかもしれない。
僕は、黒ダイヤのありかをつきとめた。
決して楽な旅ではなかったが、とにかくぼくは、それを手に入れることができた。
今日は、その旅の最初から最後までを かくことはやめておく。
なぜなら、あの記憶は こんなところにメモしなくても、忘れられるはずはないのだから。

5月20日(月) はれ

ぼくは、駅に立っていた。
目の前を、非常にゆっくりとしたスピードで 赤い電車が横切っていった。
「どうしてこんなに遅いのだろう?」
赤い後ろに、白く大きな客車が つながって、引きずられていった。
その中の白いカーテンは、 しばらくの間、ぼくの目に焼きついて はなれなかった。

やがて、乗るべき4両編成がきた。
中はガラガラだったが(空いていた) ぼくは進行方向むかって左の 横座席に腰をおろした。
そして、静かに電車は駅をはなれた。

長い橋が見えてきた。
2本ある線路の1つ・・・この電車ののっていない方を、
後ろからクリーム色の電車が高スピードで追いかけてきた。
橋の入口で、2つの「走る箱」は、横に並んだ。
そして、クリーム色の方はぼくたちをおいこした。
橋をわたる電車の音は、なにかすがすがしい。
眼下には、青と白にかがやく川が見える。
名もない大きな川だ。
自分が名前を知らないのなら、どんな川でも「名はない」のだ。

次の駅は、とても大きな駅だ(あたりまえだが)。
ぼくはそこで降り、4番ホームに待っている電車にのりかえた。
いつもどおり、そこは、あれだった。
右を向けば、8〜10人、
左を向けば、5,6人の女子高生?が
立っていたり、座っていたり。
右側に立っている人のうち3人は、何も着ていなかった。
だから、もちろん、
ぼくはに行った。

左すみの高いところにある「握り手」に手をかけて、
ぼくは立った状態で発車をまった。
右後ろには、(はっきりとは見えなかったが)
セミロングで、白いセーラー服を着た女の子が立っていた。

ガタン。
電車が動き始めた。
女の子が、ぼくのウエストに手をかけてきた。
なんのことはない。
ここでは、ごくあたり前の光景なのだ。
つり革はあるのに、誰ひとりとして それにつかまろうとする人はいない。
前の人に、時には横の人につかまることは ふつうの行為なのだ。
ぼくはこの習慣が、とても気に入っていた。
でも、自分からそれをするのは なんとなく気後れがあった。
(前には、女性が座っていたけれども)

この列車には、1つだけ謎がある。
まず、男性が1人ものっていないことだ。
(運転手がどうかは知らないが)
いつも、妙齢の女性ばかりなのだ。
なぜだろう?

そんなことを考えていたら、
電車がはげしくゆれた。
不自然な姿勢で握っていた左手がはなれて、
前に体がかたむく。とっさに、その左手が 座席横の銀色の棒をつかむ。
そこには、座っていた女性の長い髪が かかっていたので、
ぼくの左手は、それをひっぱるかたちに なってしまった。
女の人が顔をあげた。
20歳前後の、おちついた感じの人だった。
彼女は何も言わなかった。
ぼくはといえば、
その瞳に見つめられ、
やはり何も言えなかった。

彼女の髪の毛をはらって、棒につかまろうとしたが 何回はらっても、それは流れてくるだけ。
次の駅につくまで、この徒労はくり返されたが
他の人の目には、それは単に 彼女の髪をなでているだけに、見えたにちがいない。
実際ぼくも、その感触を 楽しんでいたのだと思う。

ドアが開いた。
ここでは、多くの人がどっと流れてくることはない。
多くて2人の、やはり女性が(なぜ?)
乗ってくるぐらいにすぎない。

でも、 ぼくは無意識に、
「混んでいても比較的楽な場所」へと
移動をはじめていた。

右へ3歩動いたあと、
少し行きすぎたような気がして、 1歩だけ戻った。
ぼくの後ろには、もちろん あの女の子がからみついている。
彼女は、ぼくに振り回されるように 左右にゆれ動いてから、
巻き付けていた腕を さっと離してしまった。
(しまった・・・動かなきゃよかったかな)
しかし彼女は、ぼくの考えを見事に 打ち破ってくれた。
前よりもしっかりと、
ぼくの体にからんできたのだった。
もう、つかむというより「抱く」といった方が ふさわしいような感じだった。
彼女は腰の部分を強く押しつけてくる。
それはよかったのだが、
腕の巻き方はなにやら、 格闘技系の「投げ」の形に近かった。

ぼくはおかしくなって、
彼女の力のかかるままに、体を預けてみた。
すると、ぼくの体はL字形に折れまがり、
彼女はバランスをくずして少しよろめいた。

ぼくは腕を後ろに回し、その女の子を支えながら 姿勢を戻した。
「ごめんね」
振り向いて、ぼくは彼女に言った。
彼女はきれいな/かわいい笑顔を見せて、
今度は胸のあたりに腕を回してきた。
「こういう抱き方もあるのよ」

乗ったときは一瞬見えただけだったが、
ちゃんと見てみると、なかなか/すごく? きれいな 女の子だった。
全体的に「さらっとした」感じで、 白いセーラー服がとてもよく似合っていた。
そんな子に抱かれていると思うと、
ただでさえ正常な精神ではいられないのに、
彼女の胸の感触が直接伝わってくるほどだったから、
いろいろな考えが頭をぐるぐる・・・

そんなころには、もう電車は駅をはなれようとしていた。
30秒ほどのことだったのだろうが、 妙に長く感じられた。
後ろからの抱擁にも少しなれてきて、
<もう1度振り向いて抱きしめちゃおうか>
こんな思いがよぎったが、
ぼくには、そんなことをする勇気はなかった。
そのうえ、
彼女のかすかな息づかいが聞こえてきて、
ぼくの心をどこかへもって行ってしまいそうだったから。

その状態で3分間ほど過ぎて、
車窓の景色は移りかわって、地下へと入った。
さっきの駅よりは大きいその駅で、
電車はまた止まり、人を乗せ、また動き出した。
だんだんとスクロールが早くなっていくディスプレイ:窓から見えたのは、
階段のところで「クッキー」を配っているおばあさんだった。
彼女も、それを見つけたようだ。
「あの人、何してるんでしょうね」と話しかけてきた。
「ボランティアで、余ったクッキーを配ってるんじゃないの?」
分かったような、分かっていないようなぼくの返事だったが、
「そうね。でもボランティアだったら、他に配るところもあるでしょうに」

灰色のトンネルを抜けたころ、
2人は自然に話ができるようになっていた。
<恋の始まりってこんなもの?>
でも、このときぼくはまだ知らない。
それがクリスタルのように、はかなくてもろいものだということを。
それはかならず、「終わり」を必要とすることを。

外はもちろん、青空だった。
初夏の日ざしが、彼女のからだを 淡くほてらせ始めた。



・この物語はフィクションであり、フィクションではありません。
 なぜなら、これは夢の景色を、写しとっただけのものだから。



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