<4月13日、いいこと・善いこと・してもいいこと>
どこへ向かっているのか、はっきりとは分からなかった。
「ホテルにはいつ行こう? 人通りの少ないうちがいいのかな……ラティに任せる」
「任せられたら行かないよ」
軽くかわされ、本屋を出た僕たち。
冬になればおそらく雪が厚く降り積もるであろうアーケードの下を、
彼女はどこかへ向かって歩いてゆく。その隣をついてゆく僕。
(ラブホテルとはどういうものか、見てみたい)
ただの好奇心が、前日の電話で僕にそう言わせたのではない。
もちろん、「ある程度の」いいことを期待して、である。
メインストリートをはずれると、そこにはやはりホテルがあった。
ラティは「前を通過するだけね」と言って、僕を見る。
通行人の存在に身を小さくしながら、向かい側の歩道を通過。
でも、何かよく分からない内面的な力に後ろから引っ張られて……
(いま通りすぎたら、もうチャンスはない)
停止。振り返り、その建物を眺めてみる。
「入るの?」
「どうしよう」
「ここで入ると言えないんだったら、将来彼女ができたときも入れないよ」
いま考えればすごい内容の発言であるが、嫌味は全く感じられなかった。
「じゃあ、行きますか?」
「社会勉強だ、社会勉強だ」
階段を上りながら僕はつぶやく。ローヒールではあるが、階段を上りにくそうなラティ。
エレベーターの前にあるパネルには、各部屋の写真が並んでいた。
暗くなっているところは使用中。そうではないところのボタンを押すと、その部屋の鍵が開く仕組みになっているという。
「ここが、彼と前来た部屋」705号室を指さすラティ、うす紅色のマニキュア。
「そこでいいよ」
部屋に入ると、カチャリと音をたてて鍵がかかった。(ふたりだけの空間なんだ)と感じさせられ、なんともいえない気持ちになる。
室内は思ったよりも普通だった。よくあるシティホテルと変わらない。ただ、シングルよりも大きなベッドと、仲良く並んだふたつの枕以外は。
しばらく室内を物色。
冷蔵庫の中に、(プリティーローター)2,500円があるのには驚いた。
ラティに買ってあげようかとも考えたが、やっぱりやめる。
二人してベッドに座ると、無難な話が始まった。このとき少なくとも僕は、ラティと(特別なこと)ができるとは期待していなかった。
目を横に向けると、ほんの近い距離に彼女の脚があることに気づく。いつもならここで性欲が生まれるはずなのだが、今日はそういう激しいものは感じない。
僕のカバンの中には、サークルの先輩から譲りうけたドリンク剤が入っていた。
コブラエキス、ガラナエキス、スッポンエキス、冬虫夏草エキス、高麗人参エキス、霊芝エキス、ローヤルゼリー、無臭ニンニク配合の、(勇気100倍ドリンク・マンゾクキング)がそれだ。
ご丁寧にもストロー付きだったので、二人でウケる。
「ストローなんて使ったらやってられなくなるよ。普通に飲んだほうがいいと思うよ」
僕も同感。
フタを開ける前から強烈な臭いがしたが、飲んでみると味は普通のドリンクと同じようなものだった。
半分くらい喉の奥に流し込んだところでラティに手渡す。
最初は嫌がっていたが、「彼は絶対こんなもの持ってこないよ」と僕が言うと、うなずいて瓶に口をつけた。
しかし一口飲んだあと、「何これ〜」と言って洗面台の方へ逃げていってしまった。
口をすすぎ、冷蔵庫からファンタピーチ(無料)を取り出して飲み始めるラティを見ながら、僕は残りの4分の1を飲み干した。
だが残念なことに、このドリンクの効果は(目に見える形では)現れなかった。彼女の方はどうだったか知らないが……
とりあえず、することがなくなったので、「テレビでも見る?」と言ってみた。
ラティはリモコンを手にとり、チャンネルをAVに合わせた。
企画モノの素人女性が責められている。
僕たちはそれを見ながら、にわか評論家と化した。
「あの声は演技だね」とか「いまの声は本気っぽい」とか。
ラティはベッドの上に座って、僕は寝転がってビデオを見ている。
(2D)のテレビ画面よりも、隣にいる(3D)の彼女が気になってしまう。
そのうち、ビデオばかりを見ているラティの注意を引きたくなってきた。
脚の間、その奥に視線を向けて、「いいアングルだ」と言ってみたら……
ラティはすぐにそこを隠し、何も言わぬまま僕の頭を(ぎゅーっ)と押さえつけてきた。
直接触られたのは初めてだったので、ちょっと気持ちよかった。
そのあと彼女はシーツの中にもぐってしまった。
「これなら見られないね」
「ひどい〜。ラティはサービス精神がないんだ」
そのままAVを見つづける。
最初のうちは暑くて、靴下を脱ぐほどだったのだが、少し寒さを感じたのでシーツの中に入りたくなった。
白いシーツ……この中で今までに、いったい何組のカップルが互いを暖めあったのだろうか?
「中に入っていい?」
「いっしょの布団の中? だめ。」
彼女は本当にだめなときしか「だめ」と言わない。だから僕はあきらめた。
2本目のAVが終わるころ、ラティは立ち上がってトイレに行った。その隙をついて僕はシーツの中に潜りこみ、彼女が戻ってきたとき「中と外、交代ね」と意味不明なことを言ってみた。
それでラティはシーツの上に寝転がっていたが、しばらくして「寒い」といってシーツの中に入ってきた。
約30cmの距離。気づかれないように、少しだけ近づいてみる。25cm。
手を伸ばす。スカートの布地に、わずかにふれた。
彼女の体温がほのかに伝わる。最初からビデオなんてどうでもよかった。
「髪の毛、さわってもいい?」
これは、ずっと昔から僕が希望しつづけてきたことで、1か月も前からラティに「いいよ」と言われている。(*最初は、Hな文章を書くために必要な経験、つまり(取材)だという口実を使っていた)でも、何も言わずに行動に移るほど僕は大胆ではなかった。
「いいよ。さわるんじゃなかったの?」
そう言われても僕はすぐに動けなかった。
30秒くらいしたあと、ちょっと勇気を出して、手を伸ばしてみた。
すーっ、さらさら。
どれだけさわっても、ラティは何も言わず、許してくれる。
ずっとさわっていた。
そうしているうち、このくらいのこと、大したことないって思うようになった。
今までずっと、女のコの髪の毛をさわるなんて、僕には絶対できないことだって思っていたのに。
彼女の耳を、髪の毛で軽くつついたりしてみたら、「くすぐったい」って言って横を向いた。
そのうち鬱陶しくなったのか、それとも別の理由だったのか、ラティは手を頭の後ろに組んで、僕が髪の毛にさわれない体勢をとってしまった。
4つ目の作品に入るころ、僕は完全に暇をもて余していた。
ラティはビデオを熱心に見ているようだ。しゃべらなくなったので寝てしまったのかとも思ったが、顔をのぞきこんでみると、ちゃんとまばたきしている。
そういえば、「よい子の前では寝ないよ。よい子だって健全な男の子なんだから」と昨日電話で言ったばかりだし。
もはやビデオなど、僕にとっておかずにもならなくなってきたみたいだ。
無理やりムードを高めようと思って、照明を暗くする作戦に出る。
「ライト暗くしたでしょ」
「うん」
「暗いところでテレビ見ると、目が悪くなるよ」
冷たく突き放されてしまった。ちょっと残念。
「ラティの声が聞きたい」
演技でもいい、女のコのあえぎ声を生で聞いてみたかったのだ。これくらいなら問題ない(しても悪いことではない)、と思ってもいた。だからこのことも、事前に電話で承認をとっておいたのだ。
「普通の声なら、もういっぱい聞かせてるよ」
軽く切り返されてしまった。もちろんラティだって何のことか分かっているのに。
3分くらい黙っていたが、どうしてもあきらめきれなくて、もう一度押してみた。
「ラティの声を聞くまでは帰れないから。」
冗談っぽく言ったつもりではあったが……ラティはテレビ画面から目をはなし、僕の方を見てきた。
どうやらOKのようだ。
ここぞとばかりに「声が聞こえないから、テレビ切って」と言ってみる。
ラティがリモコンのボタンを押すと、どうでもいい女の声が部屋から消えた。やった、これで本当に二人きりになれた。
僕は有線のBGMも切ってしまった。
調子に乗ってまた照明を暗くしようとしたが、ラティにかわいく怒られたので、50%ほど戻す。
しばしの沈黙。彼にされているときのことを思いださないと、声は出せないという。
僕は意味もなく上着を脱いでみた。
「じゃあ、言うからね」
僕はラティにもっと近づく。彼女は目を閉じている。
−−−あ、あっ、あっ、あぁ。
・・・・・・
「え、もう終わりなの?」
「もっと長いのがいいの?」
僕がうなずくと、ラティはまた黙ってしまった。
「やっぱり、演技じゃそんな声出せない」
午後3時。
僕のとなりにはラティがいる。
15cmの距離。Eカップだという胸が、僕の目の前にある。
もう一度、髪の毛をさわってみる。
ラティは僕を見ている。
「手も、さわっていい?」
「手はいいよ。」
そう言うと彼女は自分から僕の手をとってきた。
指が絡み合う。
これだけでもう十分だったはずなのに……
性欲とは少し違う、別の気持ちが僕を動かしているみたい。
いっしょにいたい。体温を感じたい。
どこならさわってもいいかと聞いたら、腕はさわってもよくて、脚の方はだめだという。
「脚は感じちゃうから?」
ラティはうなずいた。手を重ねたまま少し見つめ合うが、僕の方が恥ずかしくなってしまって視線をそらす。
「彼のはどれくらいの大きさなの?」
ラティは親指と人さし指の間を広げて、「これくらい。」と言った。
「まぁ大きさなんてどうでもいいよね、好きなら」
聞いておいてこれはないが、本当にそう思うから、口に出してみた。
僕は人さし指と中指を立てて、
「これが彼のだとして……どうやってしてあげるの?」
「これじゃあ細すぎるよ」ラティはくすりと笑いながらそう言う。
僕は薬指を足して3本にしたが、やっぱりそんなことはどうでもいいので、また2本に戻してラティを見た。
彼女は僕の2本をしっかりと手でにぎり、上下にしごく真似をしてみせてくれた。
そのとき、「どうやって口でしてあげるの」と聞いたら、僕の2本を口に近づけて、微笑んでから舌をなまめかしく動かしてくれたが、やっぱりなめてはくれなかった。
「僕は、1Pするときもっと速くするよ」
実際に、左手をあそこに見立ててハイスピードでこすってみると、
「えっ、そんな速いと痛くない?」
「痛くないよ。痛かったらすぐ自分でやめられるから」
二人で小さく笑いあったあと、彼女の胸にまた目をやる。
「こんなに近くにあるのに、さわれないってすごく不思議なことだよね」
「そうだね」
「じゃあラティが自分で胸をさわって」
彼女は赤い上着のうえから、自分の胸を軽くさわった。
「やわらかいの?」
「うん」
「乳首はどこ?」
ラティはそこを軽くさわった。
「いま何枚着てるの?」
赤の服と、キャミソール、それとブラジャー。
「これがキャミソール?」
胸のあたりに黒い紐を指さして、僕はそう言った。
「いやぁ、見えてるの?」
急いで、赤い服の下に黒い紐を隠すラティ。
僕の左手は彼女の髪の毛をもて遊んでいる。
ラティがまた僕のことを見つめてきた。
さっきよりも近くなった距離、10cm。
「髪型は、ロングがいい?」
「そうだね……昔はロングにこだわってたけど、今はベリーショートじゃなきゃいいよ。ラティくらいのならすごくいい」
そう言って髪の毛をさらさら撫でる。
ベージュ色のライトに、斜めに照らされた彼女は……
水色の髪留めをはずす。
髪の毛が顔にかかると、どうしようもないほど色っぽい。同じ19才とは思えないくらいに。
初めて見る、女のコのこんな表情。さっきまで街を歩いていた彼女とは、別人のよう。
目をそらしたくなる不思議な感情を抑えて視線を合わせると、ラティのことがすごくかわいい。
「すごくかわいい」思ったままのことを口に出してみた。
「本当にそう思う?」
「本当に。なんか、すごく」
「よい子は、他のコと比べれないからだよ。」
「そうなのかな」
「気持ちのせいで、かわいく見えるんだよ……よい子は、恋したことないの?」
「小学校のときにあったかな。でも、性欲によるやつだから……本当の恋はしたことないと思う。純粋な恋をしてみたい気もするけど、まだ肉体的なものが抜けきれないから……でも、いつかはそういうのが分かる人間になりたいよね。せっかく生まれてきて、もったいないから」
「んー、よい子のはじめてをラティにささげるのは……やめといた方がいいと思うよ」
僕はうなずいた。最初から、2Pしようとは思っていない、でも。
髪をゆっくりと撫でていると、もっと、もっと近づきたいという気持ち(衝動ではない)が大きくなってゆく。
「髪の毛、なめちゃおうかな」
僕はラティの髪を細く束にして、キスをするようになめてみた。さっき舌の動きを見せてくれたお礼ではないが、彼女の目の前で、音をたてて舌をつかってみた。
見つめあいながら、横笛のように彼女の髪を口に通す。
「あまりきれいなものじゃないと思うよ」
「だって、ラティだって彼のあそこなめるでしょ?」
「うん、そうだけど……愛があればいいの。」
どうしても、見つめあってしまう二人。
普通なら絶対にキスする距離、こんなに近いのに。
僕は人さし指で、ラティの唇に触れてみた。
「口紅、ついてるのかな」
「分からない。いま見てくるね」
ラティはなぜか立ち上がって、洗面台の方へ向かった。鏡で自分の唇を見ているようだ。そこまでして調べなくてもいいのに、それとも何か別の意味があったのか。
彼女は「口紅は取れちゃったみたい。さっきご飯食べたしね」と言って、シーツの中に戻ってきた。
「そう、じゃあキスしてもキスマークはつかないんだ」
よく分からないことをいいながら、僕はまた彼女の唇を指でなぞる。
指をはなしても、互いを見つめあうこの空気は変わらない。
「ここにいるのがよい子じゃなくて、彼だったらいいのに」
ラティは苦しそうにそう言った。
「もし彼だったら、どうする?」辛い仮定ではあるけれど。
「キスして、抱きしめる。」
「キスもできないし、抱くこともできないよね……キスしたら好きになっちゃうだろうから。」
「本当に、そう思う?」
「うん。身体から始まる恋だって、人間だからあるんじゃない?」
いまのこの気持ちが恋かどうかは分からないけど。
「ねぇ、もし彼だったら、どうやって誘うの?」
こうやって。
ラティが僕の上に乗りかかってきた。シーツと布団、それを通して彼女の身体の感触が僕に伝わる。
「重い?」
「そんなことないよ。すごく、いい。」
身体全体にかかってくるラティの体重、どちらかというと心が落ち着くような……とにかくいい気持ち。
彼女は、彼を誘うときの身体の動きを、僕の上でしてくれた。
「そうやって誘うんだ。」
「本当はセリフつきだけど……」
−−−ねぇ、しようよぉ、ねぇってば。
(こんな風にされても、断ることがあるというラティの彼はなんて淡白なんだろう)
二人でくすっと笑う。
「……だーめ。」僕は、演技なのか本気なのか分からないようなことを言ってみた。
ラティが上から僕を見つめてくる。抱き合っているような体勢なのに。こんな距離なのに、キスできないなんて。
「だめって言われたら、どうやっておねだりするの?」
−−−ねーぇ、しよっ? ねぇ、ケイちゃん、しようよぉ…
(そうか、ラティの彼はそういう名前なんだ)
僕はラティの背中に手をまわす。
「背中はさわってもいいんだ。」
「いいとは言ってないっ」
でもラティは拒まなかった。背中をさするようにしながら、僕は彼女の質感を楽しんだ。
「この布団とシーツがなかったらいいのに」
「布団とシーツと、服もなかったらいいのに、でしょ」
そこまでぜいたくは言わない、言えないけれど……
「あぁ、ここにいるのがよい子じゃなくて、彼だったらいいのに」
5cmの距離で見つめ合う。いや、身体はもう1.5cmの距離。
シーツと布団と服を通して、彼女のことが少しずつ、分かってくる……ような気がする。
「あぁ、なんか、したくなってきちゃった」ラティは小さくそう言う。
二人でまた、くすっと笑う。もう、この笑いはふつうじゃない……
互いを見つめる瞳が、さっきまでとは違う熱を帯びる。
頭がぼんやりする。こんなにすごいことをしているのに、特別性欲がわき起こるわけでもなく、ただ抱きしめたいという気持ちだけが昂ぶる。
「抱きしめて、いい?」
現実感もなく、背中をさする左手に力をこめ、抱きしめる。
ラティも僕のことを抱きしめてくる。もっと密着感が欲しくて。
でも、二人を隔てる物理的なバリア、精神的な斥力を取り除くことは決してできない。
してはいけないことの壁に苦しんで、でも同時にそれに刺激されて、
僕はラティを求め、ラティは何かを求めていた。(僕には断言することはできないから)
「お願い……さわって」
今度は僕が積極的に出た。ラティは僕の目から視線を外さずに、手であそこを探しはじめる。
「どこ?」
「もっと下」
何枚もの布ごしに、ラティの指が僕に触れる。彼女の体重と、指の感触がたまらなくて。
さわってもらったのは初めてなのに、ラティのさわり方は上手すぎた。
いろんなところをリズムよく、やさしくやさしくさわってくる。
そして先っぽに触れたとき、僕は思わず声を出してしまった。
「だいじょうぶ?」
「あぁ……うん、先っぽにあたったから」
「どこなの?」
そこはベルトの下に隠れていた。だから僕は布団の中で、ズボンと青いトランクスを下ろして、ラティの指が来るのを待った。
「ここ?」
−−−ああっ。
自分以外の誰かに触られているという、何かよく分からない興奮と、布ごしとはいえ初めての感触に僕は絶え間なく声をあげた。
「ふふっ、感じやすいんだね」
「ラティだって、敏感なんでしょ」
そうしているうちに、彼女の手が止まった。僕がどちらかというとマゾなことを知ってのテクニックに違いない。
「じらしてるの?」
ラティが僕のことを見つめながら微笑む。
「いやだ……あぁ、早くさわって」
この雰囲気の中では、じらし続けることなど無理みたいだった。すぐにまた僕の上に手をかけてくる。
知らない間に目を閉じてしまっていた僕だが、目を開けるといつも、ラティが僕のことを見つめてくれていた。
「気持ちいい……」
「でも、本当はもっと強くしてほしいんでしょ」
「うん……」
ラティが手に力をこめてきた。それでも布ごしで、じれったくて。
でもいつまでもこのままでいたくて。僕はイっちゃいたくなかったから、このままでもうれしかった。だけど。
「シーツの上からにして、一枚取って」
ラティは布団を取り去り、シーツの上から僕のをさわってくれる。
「なんか、どきどきしてるの分かるよ」
先っぽを重点的にさわりながら、ラティはそう言った。
「直接は……やっぱりダメ?」僕は強気に出てみた。
「それは……ちょっと」
それでも彼女は僕を見つめながら、リズムよくマッサージを続けてくれる。
「速くしてあげる」
スピードアップした彼女の指にさいなまれ、僕はほとんど無意識に声をあげながら、ラティにもしてあげたい、と強く思った。
もしかしたら、単にラティにさわりたいだけだったのかもしれないけれど。
ただ体重を感じるだけでは物足りなくて、ラティ本体を感じたくなって。
僕はもう何も聞かぬまま、ラティの胸に、ブラジャーの中に右手をねじ込んだ。
ぎゅっと揉んでみる。やわらかいというより、しっかりとした重さが伝わってきた。
ラティがちょっと声をあげた。さっきの声とは全然違う、演技じゃない声。
生まれてはじめて揉むラティの胸、その直接の感触に圧倒されながら、僕はそのまま続けた。
ほとんど無理に力をいれて、奥まで手をさしこむ。
何か、ちょっと硬くなった突起に指が触れたとき、ラティが急に鋭く、言いようもないHな波長の声をあげた。
僕はちょっとうれしくなって、そこに触れてはやめ、また揉んでは触れ、ということを繰り返した。
彼女は僕と同じで、胸が一番感じるという。もう、ラティはもう僕のをさわることもできなくなったみたいだ。
ただ声をあげて、ときどき身体をくねらせて。
さわるだけでは飽きられると思ったから、先端をこすったりつまんだり、ときどき強くつぶすようにしてみたり、乳首から指を離したりを繰り返した。
続けていると、ラティの乳首が湿り気を帯びてきた。
ぬるぬるしてきた指先で、ラティのいちばん敏感なところを攻めつづける。性欲からではなく、やはり何かよく分からないものに感情を支配されて、ブラジャーの中に潜らせた指をうごめかす。テクニックなんて何も知らないけれど……
彼女が極端に身体をくねらす。
「ごめん、痛かった?」
「いいよ、よい子、なんか上手……」
「本当?」
うそとは思えなかった。演技じゃこんな声出せないから。
両方の胸をさわってあげたい、と言ったら彼女は起き上がった。
「わたしたち、やっぱりこういう関係になっちゃったね」
「いいじゃん、ラティの身体の中に入れるのはひとりだけ。僕はそんなことしないから」
そっと、小さな声で。
ほんの少し見つめあったあと、そのまま倒れこんでくるラティ。すでに胸のあたりのシーツは取り払われ、僕の下半身を覆い隠すだけになっていた。
両方の胸に押しつぶされそうになりながら、両手で揉みしだく。ブラジャーが邪魔で、乳首を直接触ることができない。
「ブラ取って」
「ふふっ、はずせないでしょ」
ラティはまた起き上がって、濃い紫色のブラジャーを上にずらした。
うす暗い照明のなか、彼女の見事な胸があらわになる。でも特に何も思わなかった。
僕が上の方から手を差し込もうとすると、ラティはその手をとって、下から入れるように導いてくれた。二人の目があう瞬間。こんな風に見つめられたら、キスをしないのはもはや異常かもしれない。でも僕にはそんなことは許されない。
「あぁ、もう力抜けちゃう……」
硬くなり、ねちゃねちゃと粘り気を帯びた両方の乳首に指をやると、四つんばいになっていたラティが前のめりになって、僕の右肩のあたりに体重を預けてきた。
−−−あぁ……いいっ……ああっ!
僕が彼女の乳首に何かするたびに、ラティはその熱い吐息を僕の右耳に吹きかけ、耳元ではじけるHな声は僕の身体、背骨のあたりに直接響いてくる。全身にぞくっと震えが走り、たまらない気持ちになるが、出したくてたまらない気持ちにはならない。
ラティのあえぎが止まらなくなり、トーンが高くなってきた。
そんな中、文字通りうるんだ瞳で僕を見つめながらラティが発した言葉は、全くもって意外なものだった。
「ねぇ、しようか」
「えっ……でも……それはだめ。……なめてあげる」
このとき、僕は攻められていなかったから、意外と冷静だったのかもしれない。
どちらにしても、彼女の身体の中に入るつもりは最初からなかった。これは本当。
でももっと気持ちよくなってほしい、彼女の声が聞きたい、だからなめてあげようと思った。
ラティが四つんばいのまま、僕の顔のあたりに胸がくるように動いてくれた。
僕は彼女の右胸を左手でつかみ、先っぽをまず舌で舐めあげた。右手は今までどおり左胸の乳首をこすりつづける。
またラティがあえぎ始めた。乳首を吸うと、ちょっとしょっぱくて、酸っぱくて生ぬるい、変な味がした。気持ち悪いような味だったので、あまり吸わないことにした。でもその味のせいで、Hな気分はいやというほど高まった。
「どういうことされると感じる?」
「先っぽをチロチロされると感じる…」
「わかった」
その通りにしてみると、本当におかしくなったかのように身体をくねらし、激しくあえぎ声をあげた。めちゃくちゃ気持ちいいみたいだ。へなへなと力が抜けたように、僕に覆い被さってくる。でもまだ許さない。
ためしに軽く噛んでみた。再び弾かれたようにラティが感じる。
「痛かった? ごめんね」
「痛くないよ、もっとして」
僕も夢中でラティの乳首をいじめた。感度の良すぎるラティは、本当に面白いように僕の上で跳ね回ってくれる。ラティの乳首は口の中でも弾力があって、コリコリしていた。舐めるのを左胸にシフトし、僕はひたすらラティを楽しませた。
「もうダメぇ……したいよぉ」
彼女がそう言って、切なそうに僕を見下ろしてくる。
「ふふっ、だめだよ。ラティは胸だけでもイけるんでしょ」
こうやっていじめるのもちょっと楽しい。したいことができなくて、ラティも辛いのかな。
「そうだけどぉ……ああ」
僕はできる限りのことをラティにしてあげたつもりだ。強くしても痛くないみたいだから、途中からは結構強めにつまんだり、噛んだり、歯でしごいたり、たまらなくなったら吸ってみたり、自分でも初めてとは思えないほどいろんなことをした。
「いつもより感じるよぉ」
たまに脇腹に手をのばしたりすると、また別のあえぎ声がラティの口からもれた。
とにかく敏感な彼女。知らないうちに声が一段と大きく、鋭く、間断なくなってきた。
「もうだめぇ、あっ、あ」
そう言ったあと、しばらくのあいだは身体の動きも声も大きかったのだが、そのうちまた元に戻った。
そのときは気づかなかったのだが、もしかしたらラティは1回イったのかもしれない。だとすれば、女のコがイクということは男と違って人目には分かりにくいことであるらしい。
僕は何も分からずに、ずっと胸を攻めつづけていたが、ちょっとテンションが下がってきたみたいなので手に力をこめてみた。だがそれほどたたないうちに、「ありがと。もういいよ」と言われてしまった。
「さっきは、本当に感じた?」
ラティはうなずいた。
「じゃあ、濡れてるんだ」
「たぶんね」
「上手って言ったのは本当?」
「うん、だってよい子はいつも自分の胸さわってるでしょ、あと……いけないことしてるっていう気持ちが。」
「胸からなんか出たんだけど」
「薬飲んでるから、母乳が出るみたい。この歳で母乳が出るっていうのもなんだけど」
ベッドの上に座り、ずらしていたブラジャーを戻し、少し冷静さを取り戻したかのように見える彼女。
僕を見つめながら、シーツごしにあそこを撫でてくれる。こういう状況になると自然に、互いに気持ちよくしてあげたいと思うものらしい。
もしかしたら、さっきイった(?)ことに対するお返しという意味でしてくれるのかもしれないが、やはり正直なところ気持ちよくなりたいので、甘えることにする。
「胸もさわって」
お願いすると、ラティはすぐに動いてくれた。服の上から僕の乳首を探す。
「どこなの?」
僕は「もっと下」などと言ってみたが、彼女の方が先にじれったくなったのか、自ら僕の服をめくり上げ、一番感じるところに指を伝わせてきた。
急に感じてしまって、僕は声をあげて快感を訴えた。性的に淡白で、めったに声を出さないという彼に1年半も慣らされてきたラティにとって、僕のような分かりやすい反応はきっと新鮮だったことだろう。
乳首とあそこを同時に攻められて、僕の身体の中に、はじめて射精に結びつくタイプの気持ちよさが沸いてきた。
(いつも1Pのときはすぐイっちゃうけど)「こういうときは長持ちするみたい」
あそこを撫でる指の動きが、自分でするときのように速くなりすぎないし、力の入れ方もやさしいので急に出したくなってしまうこともない。
ラティもそれなりに経験があるみたいで、乳首への愛撫もポイントを心得ている。指の動かし方がすばやくて、僕はそれが乳首の上を往復するたびに、また先端をやさしくつままれるごとに鳴いてしまうのを止められなかった。
女のコに触られるとこういう風にいいのか、と身体で実感する。これならずっと気持ちいい状態でいられそうだ。
「ラティ……お願い、なめて」
「どっち?……こっち?」
彼女は僕の上半身を指差してそう言った。
あそこをなめてもらうのは無理だろう……フェラというものを体験してみたいという好奇心は確かにあったが、そんなことを要求して断られたら気まずくなるな、と計算をはたらかせた。
また、僕はどうもあそこより乳首が感じるので、上半身をなめてもらうこともフェラに劣らず魅力的であったのだ。
そういうわけで、僕はうなずいた。
服はすでにめくられた状態の胸に、ラティが顔を近づける。そして唇をつけたその瞬間から、今まで一度も味わったことのない、くすぐったさが進化したようなものすごい快楽に包まれ、支配された。
もはや女のコのようにあえいでしまおう。気持ちよすぎるっ、ずっとこのまましていて!
彼女は先端を舌でなめ回したり、ピチャピチャ音をたてながら吸ったり、もう何をされているか分からないほど身体の奥の方を直接くすぐるような刺激が絶え間なく押し寄せてきて……頭の隅で、(すごくテクニシャンだ)と感じた。
もう、あそこは触られていないのに、信じられないほど、とにかく気持ちよくて。
「ちょっと、噛んでみて」僕はあえぎあえぎそうお願いした。
ラティは微笑みながらうなずいて、すぐにまた続けてくれた。
もっとすごくなった。先端をかるく噛まれると、いちいちそのたびに記憶がとんでしまうくらいのしあわせな感覚が意識の中で跳ね回る!
ラティの舌はときどきピチャピチャ音を立てながら、僕の左乳首を自在にもて遊んだ。舌の動きは想像していたよりずっとすばやくて、生あたたかくて、ちょっとひやっとするような液体感があって。
それは「女のコ」という抽象的な概念そのものを感じさせるようなやわらかさ、そのやわらかさで一番感じるところをタッチされつづける僕。
ラティの彼は乳首が未開発だと聞いているが……どこでこんなテクニックを身につけたのだろう? いや、さっき僕がしたのと同じで、本能みたいなものなのだろうか。女のコって恐いくらい気持ちいい。やっぱり2Pってどうしようもなく気持ちいい。
「逆の方もなめて」
今度は右乳首が激しく責めたてられる。今まで唇の中に隠れていた左乳首は、ラティのだ液で十分に濡れているのだが、そこからまた指で、爪先で小刻みに快楽を送り込まれる。
あそこを触られていないだけに、出したくはならない。終わりの見えない心地よさの宇宙に放り出されたみたいに、漂いつづける。
僕はこのときが終わらないことを願った。だって狂いそうなくらい気持ちいいときにはそうするしかないから。
「あっ、いやぁ、ダメぇ」
身体の中から命令されて出てくる声だから、どうにもならない。ラティ……
「好き」
反射的に出てしまったことば。きっと彼女の耳には届かなかったに違いない。
(身体から始まる恋だって、人間だからあるんじゃない?)
(いまのこの気持ちが恋かどうかは分からないけど。)
いや、この気持ちはやっぱり恋じゃない。そんなのどうでもいいことに思えるから。
お願い、ずっと続けて、ラティ。
彼女は片方の乳首から指を離し、シーツごしに再びあそこをしごきだした。
「イってもいいよ」微笑んで、僕を見ながら……
「これでイっちゃったら、シーツが汚れちゃうよ」
「いいよ……そういう場所なんだから」
そういう場所、そう、僕たちはそういう場所に来てしまった、僕の最初の予想を大きく超えるなりゆき、そのおかげで今、あそこがこんなに硬くなっている。
今はただ、この快感に身を委ねていたい。
(イってもいいよ)こんなことを、ずっと言われてみたかった。
精神的にも肉体的にも満たされたとき。いい、気持ちいいよぉ!
しかし僕たちは客観的に見て、やはり許されないことをしていたのだった。
挿れていないから、キスしていないからといって許されるものではない。これは、浮気だ。
それこそ「罪と罰」の世界である。
罰は容赦なく訪れる。
部屋を切り裂く電子音、ラティの携帯。
舌と指が止まる、声が凍る。「彼だ」
即座に立ち上がり、携帯を探しはじめる彼女。
だがバッグの中のそれをさがすうち、電子音は途切れた。
着信履歴には、やはり彼の名。
しばらくして。
「私たち、とんでもないようなことをしちゃったような気がする」
僕は小さくほほえむより他なかった。
「ちょっと、音楽つけるね」
有線のスイッチを入れるラティ。その気持ちが伝わってきた。
ラティはもう戻ってこない、と思ったのに再び彼女は僕の横に倒れこんできた。
僕をその目で、見つめながら。きっと悲しい目。
「イキたい?」
「どちらかといえばイキたいけど……無理しなくていいよ」
さすがにショックだったのだろう、イカせてとはちょっと言えなかった。
それに、義務感からされても、うれしくない。
ラティはちょっと安心したようだった。それで、自分からなぜか僕のあそこに手を伸ばしてきた。
「彼としたあとは、いつもこうやって遊ぶの」
シーツごしに、ゆっくりともて遊ばれる。僕はもうあきらめていたから、気持ちいいわけではなかった。あとは彼女の精神状態が心配だ。
小さく笑いながら、ぐりぐりと動かしてくるラティ。でも、その動きもだんだんフェイドアウトしていって。
「イってないのに満足してる、すごく不思議な感じ」
「そうでしょ、でも2Pするともっといいんだよ」
2Pはできないよ、ラティとは。
何か、変な感じだけど、満たされたような気のする時間。
「この部屋ね、飛行機部屋なの。彼とするときはね、ずっと天井見てる。いつも正常位だから。」
天井には、青い空、白く真っ直ぐな飛行機雲。何機もの飛行機が、規則正しく、同じ方向にむかってゆく。
「この飛行機……意味付けようと思えばできるけど、やめとこ。意味ないから。」
あの飛行機のように自由になれたら、とか陳腐なことを考えそうになって、その考えを打ち消した。
だって、僕は飛行機じゃないから、空は飛べない。人間だから。
そして。
始まったのは悪夢だった。僕の想像をはるかに越える、とてつもないその悪夢……