1998年6月22日(月)


先週末、業者による教室のワックスがけがあった際に、僕は置いてあった教科書などをすべて部室に移した。
部室というのは、先日1Pをした地学部室ではなく、その2つ隣にある模型研究部室である。
重いかばんを持ち運ぶのが嫌いな僕は、学校に教科書をたくさん常駐させている。
そのツケというわけだろうか、こういう時には人よりも余計に苦労しなければならないのだ。

そして今朝。
教科書を移動したことなど、すっかり忘れて学校に来てみれば、机の中が空っぽだった。
もう1時間目のチャイムには間に合わないので、この授業の後でM村に部室の鍵を借り、 2時間目が終わってから取りに行こうと考えた。
教科書もないまま、地理と化学の授業を受ける。地理は前回のテスト直しだったので良かったが、 化学は少し困った。ノート写しに専念し、2時間を終える。
M村から借りた鍵を青いズボンのポケットに忍ばせ、僕は4階から階段を駆け下りて部室へと急いだ。
同じ階にある演劇部には人がいたが(おそらくサボっているのだろう)、 僕の関係する部室には人の気配がなかった。
ニューヨーク市警も愛用の、防弾特殊合金製南京錠「First Watch」に、真鍮製の鍵をさし込み、回す。
カチャッ、というしっかりした音とともに、ロックが解除された。
いつものことだが、部屋の中は散らかっている。部屋の中央に、無造作に置かれているスーパーファミコンには、 昨日遊んだゲームのカセットがささったままだ。複雑な配線が床をはい回り、そのところどころにカセットが散らばっている。
壊れかけのビデオデッキ、斜めに積み上げられた漫画雑誌、いくつものパーツに分断された鉄道模型のジオラマ、 年代物のMSX、ゴミでいっぱいになった段ボール箱。
その片隅に、数冊の教科書がきまりの悪そうな様子で積まれていた。これを取りに来たのだ。
さっそく両手にかかえ、頽廃的なこの部屋を一刻も早く抜け出そうとする・・・いや、僕はなぜか、それをしなかった。
重い鉄の扉を閉め、外から切り離されて僕は一人になった。
薄暗い空気の中、腕時計に目をやる。10時32分。まだ間に合う。
手元にはエマ系の漫画が一冊。入ってきたときからここにあった。はだけた胸の女のコが僕を誘う。
外の様子を臆病に伺いながら、ズボンのチャックを下ろす。震える指先で、硬くなりかけたそれを衣服の外へと導き出す。
包皮をむき、亀頭を露出させる。左手で乳首をまさぐりながら、右手は忙しく本のページをめくってゆく。
もうここまで来たら、出さずには帰れない。残りあと7分。早く抜きどころを探してこすり始めないと・・・
僕は遅刻・欠席はおろか、それぞれの授業の遅刻もしたことがない皆勤生徒である。 それが、たった一度のオナニーで台なしになってはたまらない。
とはいえ、このまま出さずに帰れば、授業中も出すことばかり考えて、何も手につかないであろうことは容易に予測できる。
せわしげに動いていた右手がはたと止まる。いい絵だ。あそこを握る。もう硬くて、熱い。
灰色の部屋の中、僕はその絵に目を凝らし、乳首をつまんではこすりあわせ、亀頭を激しく擦った。
早くイかなければ。僕の思いは、とにかく早くイってしまいたいということだけだった。
どうして、こんなことをしてしまうのだろう。肉体的な意味では、そんなにしたいわけじゃない。
でも、どうしても始めてしまう・・・僕がここでオナニーしているのは、精神的欲求に他ならないのではあるまいか。
その欲求はなに? 分からないまま、僕の右手は速度を増してゆき、動物的な様相を呈している。
確かに気持ちいい。身体の奥がとろけるような、性の快感は確かに気持ちいい。
でも、今ここでしている意味は? 自分にも分からないが、この部屋に入る前から、いまの自分がもう見えていた。
どこでもいいから、オナニーしたい。気持ちよくなりたい。身体の中から、出せるものを全てしぼり出して、自由になりたい!
左手が乱暴に乳首をつかみ、先っぽをもみ回している。奥から快感信号が分泌されてくる。
ない握力を総動員して茎を握りつぶし、上下にしごき切る。いつもと違う、激しいSEX。いや、そうではなかった・・・
僕は精神的にはいたって冷静に、動物的衝動に走る自分を見下ろしていた。もうすぐ射精しそうだ。間に合いそうだ。よかった。
息づかいが荒くなる。諸悪の根源を早く出してしまおうと、右手がひどい力で性器を殺す。
出そうだな。もう一息。ああっ、出た。
性器の先端に白い液だまりが生まれるのを確認し、僕は無感動にティッシュを取り出した。
むりやりに体内から追い出されてきた精液は、そこから流れ落ちることもせず、 ただ球状に収束して拭き取られるのを待っている。
情けをかけるようなものではない。一拭きで精液は全滅した。
僕は疲れきった身体をもてあましながら、パンツの下へと性器を追いやった。
精液の息の根を止めた紙は、捨てるところもないのでズボンのポケットに押し込んだ。
隅っこにかたまっている教科書を拾い上げ、扉を開ける。梅雨時の曇り空が、心に優しい。曇った空気が、肺に優しい。
僕は腕時計を再び見やると、教室めがけて走り出した。

3時間目は数学である。
部屋に入った後、僕は友人とたわいのない話に興じていたので、ティッシュの存在をあやうく忘れかけていた。
「あ、そうそう。妖しげなティッシュを捨てなかん。(捨てなきゃ)」
キーキーとうるさい窓を、ちょっとだけ開ける。さっきは気が付かなかったが、 細かな雨が糸のように、下界へと降り注いでいる。
僕はポケットの中から、強いにおいが染みついたティッシュをさっと取り出した。
そして、誰にも見られないように、すばやくそれを窓の外へと投げ捨てた!
落ちてゆく白い軌跡を目で追いながら、僕は思った。
「さよなら。性欲という名の悪魔・・・」

その日の夜、僕のなかに再び悪魔が帰ってきたことは、もちろん言うまでもない。





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