〜番外編 不思議の国イスラエル/前編〜


「入国スタンプ、パスポートに押していいか?」
とイスラエルの入国審査官は事務的に聞いた。
「ノー」と言えば、スタンプは入国カードに押される。パスポートには何の痕跡も 残らない。イスラエルのスタンプがあると、ヨルダンやシリアなどアラブの国に入 れなくなるからである。
私は「イエス」と答え、その一言にちょっとした緊張感を味わっていた。
次は、荷物検査である。
、 「日本を出てずいぶん経っているのに、荷物は本当にこれだけか?」
と言うのだ。そうだと答えると、すべての中身を審査台に並べるよう言われた。 係員の目を引いたのは、カイロで買ってきた土産ものの“パピルスの絵”だった。 それは別室に持っていかれ、私は荷物を開けたまま、待たなくてはならなかった。 しばらくの後、それは無事に戻ってきたのだが、審査がやっと終わって外に出て みると、待っているはずのバスがなかったのである。
私はバスに置いて行かれたのだ。
唯一助かったことは、日本人がいたことで、彼とはカイロでバスを待ってる間、一言 二言言葉を交わしていた。違うバスに乗りこんだのだが、彼のバスも先に出てしまっ たらしい。よく見ると他にそれらしき人が何人もいる。まったくどーしょうもないバ スである。
「冗談じゃないよな・・・テルアビブまでカネ払ってんだぜ」
と彼、タカくんは言った。
「クレームあげようよ・・・」


確かに買ったのはエジプトのカイロからイスラエルのテルアビブまでの“通しのキッ プ”だ。でも実状は、バスは国境を通れない。お互いの国境までのピストン運転で、 それぞれ時間で運行してるようである。となると、その時間までに出てこれなかった のだから・・しょうがないのかもしれない。しかし別に道草食っていたわけじゃなく 、審査に待たされていたのである。
まさか・・東洋人だから・・目立ってたはずだから・・置いて行かれるはずないと 思いこんでいたのだ。クレームをぶつけるところなんてあるわけない。どっちの責任 でもないと言われるだろう。ここはお互い仲の良くない国境”なのである。
それよりも、まずここから目的地に向かことを考えよう・・。私たちは慌てていなか った。なぜならまだ明るい夕方であったからである。バスぐらいあるだろうと思って いたのである。
もうすぐ4時になろうとしていた。
それなのに、路線バスは、翌朝しかないという。タクシーに乗るつもりなど毛頭ない が、そのタクシーすら待っていない。ますます腹が立っていた。
こうなったら停車中の貸切バスに片っ端から頼んでみるよ、とタカくんは交渉し始め た。結果は見事どこも首を横に振った。
今後は、私ひとりが哀願する、という方法を取った。オンナひとりなら、おじさんた ちも力になってくれるはずだと思ったのだ。OKがでたらさっさとタカくんと素知ら ぬ顔で乗り込もうと・・。私は自信があったのだ。きっと乗せてくれるはずだ・・。
しかし、うまくはいかなかった。どうにかしてあげたいけど・・とかなり同情的にな ったものの、ムリだというのだ。どこでもいいから、どこか大きな通りまででいいか らとねばったが、だめだった。
「ここで野宿して、明日のバスにタダで乗ろうか」
タカくんはそうなげやりに言った。
しかしどうもここが“安全”だとは思えない。なにしろ“原っぱ”そのもので、柵で 囲んでいるだけの国境なのだ。


そうこうしてるうちに5時を過ぎ、職員の人たちが私服姿でぞろぞろ出てきた。その 時である。“職員の送迎専用”と書かれた大型バスがロータリーに入ってきたのだ。
「ヤッター、これだ!」
これなら乗せてくれるはずだ・・。
そして頼みこんだ。やさしそうな女性が、心配して誰かに聞いてくれた。
でも結果はだめだった。ガラ空きの大きなバスは、無情に目の前を通り過ぎていった。
ものすごくみじめだった。
気がつくと、人も減りバスもなくなり、やけに静かになった。
なぜ乗せてくれないのだろう。ここがどんなに不便で何にもないことを、職員の 人たち自身がよくわかってることではないか・・。


タクシーしか方法はなくなったわけである。イスラエル人の夫婦と乗り合うことにし、 電話で呼ぶことにした。
随分待ってやっと来たタクシーのおやじは、“4人で160シュケル(6400円)とい う約束”に、“200シュケルじゃないと走らない”とケチをつけだした。他にも何 人も客がいるのを知り、足元を見てるようである。アラブ人のおやじはニコリともせ ず、交渉の余地なしと言わんばかりの口調だった。
「こいつ本当にアラブ人?」
と思わず日本語でなげやり調子に口走っていた。私の知ってるアラブ人は、多少脂ぎ ってきてしつこいけど、中身はホットなヤツばっかりだったのに、バカヤロー・・私 はサイテーの気持ちだった。

 車は20分ぐらい走っただろうか、またおやじはグズグズ言い出した。値上げの要 請かと思ったら、「もう今日は疲れたからここで降りてくれ」と言い出したのだ。
ひどい話である。
「何言ってんだ!約束が違うだろーが・・」
もちろんこっちも安々と引き下がれない。さっきの条件はこっちがのんだわけである。 しかしおやじはニコリともせず、本当に道ばたで車を止めてしまうのだ。なんとかな だめすかして大通りのバス停まで走らせ、そこで降りるはめになった。
約束のテルアビブまでまだまだ遠い道のりだ。それでも料金はちゃっかり取ろうとす るから、あきれてしまう。
ひとり30シュケル払って私たち4人は降りた。あたりはもう真っ暗である。
イスラエルがきらいになりそうだった。
(続く・・)


●次は不思議の国イスラエル後編です。

先頭ページに戻る