言葉の通じないシレン(3) 〜お願い、パスポートを返して〜


 結局、また駅。立ちはだかる大きなカベ。でも他に方法はないのです。ここで私がガンバルしか。ヒトの親切を頼ってはいけないんです。
 しかし、駅の窓口の女性は私の顔を見たとたん、北京行きは、ない、の一点張りで相手にしてくれません。慌てて、違うの違うの、北京じゃなくても、中国行きならいいの?席がある日にちを、このノートに書いて!お願いします! しかし、書いてくれず、また何かモンゴル語でワーワーまくしたてられる。とにかく国境の町にでも・・と思うけど、町の名前を知らないから話しにならない・・。
 フフホト!?ふと他の窓口からの声。聞いたことのある地名。内モンゴルじゃないの?それって国境の町? 私は
「フフホト、フフホト!」と叫びました。窓口の女性は、げげんそうな表情を浮かべて、アンタ、ペキンに行くんじゃないの?と。
 あとはもう必死です。窓口を動かず、ようやくあさってのフフホト行きを買えることになりました。
 レシートをもって、また違う窓口に行き、いざお金を払おうとすると、今度は
「ノー!ダラー! トゥグリグ!(モンゴルの通貨)」
は?だって、だって、外国人は米ドルでなきゃ買えないって聞いたから・・。うっそー
 普通の?国、町なら、両替するのに困るなんて考えられないけど、この国ではそれも大変なんです。また、町中に行って国立銀行に行かなきゃいけないんですから。ここから走っても、往復1時間はかかってしまう・・その間に席がなくなるかもしれない・・。それに今この時間に銀行が開いてるかどうかも・・・。
 しかし、走りました。開いてますように、開いてますように・・、両替ができたら、席が埋まりませんように、埋まりませんようにと祈りながら。
 こうして、やっとやっと1枚のキップを手にすることができたのです。この1枚のために、5時間。あっち走りこっち走り・・もう日が暮れる・・。じんわりと喜びが私の体に浸透していきました。
 しかし、ホテルは遠い。痛い足を引きずって、1時間かかってやっと着いたそのとき、今度はなんと今朝パスポート返却でもめた女性が、事務所の前で仁王立ち。
『げー私を待ってるの! まさかね、そんなー』
が、やっぱりその女性はけわしー顔で
「パスポート!」と。
ハイハイ、わかりましたよ、ほら。そして最後の力を振り絞って、ノートにこう書きました。
“10/9 ウランバートル→フフホト AM9:00チェックアウト パスポート リターン”
出発当日、今日のようにパスポートを預けてる事務室を閉められてはかなわないからです。
私は、声を出し、自分の書いたメモを指さしながら「OK?」と聞きました。
女性は、フンというように、首を斜めに振りました。

 さあ、出発の日の約束の9時。事務室は開いていました。胸をなで下ろし、女性にキーを差し出しまします。すると
「キー*****!」
キーを返してきなさい!という手振り。「どこに返せばいいのですか?」と聞くと、女性は顔さえ上げず、「****!」うるさそうに、あっち、あっち、と。とにかく、キーを返すところはここではないよう。しかし、彼女は“あっち”としか教えてくれない。最後の最後なのに、やはり彼女は不親切きわまりない・・。“あっち”は探すとしても、パスポートはここの机の中。
「あのーパスポートを・・」
と言うと、彼女はますますむっとした顔になり、「キー!」

ふと、中国の宿を思い出しました。キーを各階にあるデスクに返したことを。
そっか、そーじのおばちゃんがいた“あそこ”かもしれない。
 で、走って4階に戻ると、今日はだれもいないんです。違うのか・・。じゃあ、一体どこに? とにかく、あの事務室の以外の従業員を探さなくては・・。ウロウロしていると、泊まり客らしいおばちゃんが出くわしました。
「すみません!このキー・・チェックアウト・・」
おばちゃんは察してくれたのか、一緒に従業員を捜してくれました。すると、ひとりの男性がいて、二言三言話すと、その男性が案内してくれそうでほっ。しかし、連れて行かれたところは、あの事務室。で、信じられないことに、南京錠がかかってる・・!
 その人は、“じゃあ、ちょっとここで待ってて”と言い残し、私のキーを持ったままどっかに行ってしまいました。で、待てども、待てども、その男性も、事務室の女性も戻ってこない。パスポートは軟禁?状態で、出るにも出れないし、列車の出発時間の11時40分に刻々とせまる・・。
 あ! 戻ってきた! 女性は南京錠をゆっくりはずし始めました。
「あの・・パスパートを・・」
待ってましたと言う私に、女性は
「キー!?」
と一言。キーは、さっきのあの人が・・。えい、やぶれかぶれ!キーはあっち!と指さしました。すると・・彼女は机からパスポートを出してきたのです。
あーこれで間に合う!私の体中の力が抜けていくのを感じました。

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